英雄に拍手を送りたい(プロメアネタバレ感想)

 

人類が滅びることを知ったら、助けることはできるだろうか。そもそも助けようと思うだろうか。

 

 

『プロメア』を観ました。

 

地球が滅びるので、人類存続のためにノアの箱船を作りましたが、その計画は主人公によって阻止されて、でも地球は助かったのでめでたしという話。

 

主人公のガロは、私の好きな熱血だ。カミナの遺伝子を持ついい男だ。ただただ、瞳の強さに圧倒される。

もう一人の主人公であるリオは美しい。でもクールなだけじゃなくて、強い意志を持っていて素敵だ。

きっと、二人のことを好きになるだろうと思って見に来た。オタクなので、ソリが合わない二人が、紆余曲折あって共闘してハッピーエンドになる物語が大好き。もちろん、その期待は裏切られなかった。大満足だった。

 

でも、私は、最終決戦で、二人を応援しなかった。

この物語で悪役に位置付けられている、クレイという男を応援していた。

 

クレイは、地球が滅びると知っていた。だから、惑星移住のための宇宙船を作り、人々を選別し、その他大勢を切り捨てた。自分と同じ人間の命を組み込んだワープエンジンを作った。「この仕事は私にしかできない」そう言って、自らの手で殺人すら行った。

使い古された悪役の姿だ。色々な物語で見た。選民意識が強くて、エゴの塊で、邪魔をされると「自分のような貴重な命と、お前たちのような下賤な命が同じ重さなわけないだろう」と発狂するやつだ。

でも、私は、殆どの言動がその古典にそぐうものでありながら、クレイが同じとは思えなかった。

 

ずっと、クレイは本当に人類の救済のことを考えていたんではないかと思う。

 

クレイは、賢くて、理性的で、清廉潔白ではなくて、自分の過ちを見るのが嫌で、面倒なものには蓋をするタイプで、「英雄になろうと思ってなれる」稀有な人間だった。

 

必要と感じたら、少数のためにそのほかの全てを切り捨てることができるほどに。

 

クレイは悪役なので、主人公にいい顔をしつつ裏ではずっと目障りだと感じていたし、土壇場で自分に都合の悪い情報が出てきたら「ただのデータ」と言い張り通信を断つ。

でも、

こういう悪役にありがちな、「裏で富豪と手を組んで私腹を肥やしている」とか、「選ばれた人民は貴族(もしくはそれに該当するハイカースト)ばっかりだ」とか、そういう描写はなかった。

 

彼は、市政を治めるものとして、真っ当に働いていた。

惑星移住後も、人々の生活環境を整えるために、入念に準備していた。

助けるべき人々には影響のない場所で戦闘を行おうとした。

本気で救世主になろうとしていた。

 

一方で、刻一刻と迫り来る滅亡を前に手を止めようとする科学者に苛立ちを隠せなかった。

理性で本能を抑えられず火災犯罪に走る人々のことを蔑んだ。

自分の罪の証である主人公を目障りだと忌み嫌った。

普通の人間だった。

 

善くあろうとする、他者のために行動できる、普通の人だった。

ただ、賢すぎたから諦めも早くて、「全てを助ける」という選択肢は早々に見切りをつけて、自分にできる最大限のみを完璧に助けることだけを追求した。

切り捨てられたその他大勢は、何も知らずにことが起こった直後には滅ぶ。1つの優しさですらあると思う。

クレイは、常に最悪のパターンを回避しようとしていた。要のエンジンが過負荷で壊された時、すぐに代用エンジンをどこからか取り出した。

さて。本来、バーニッシュ全てを取り込んで稼働する予定だったメインエンジン。

それが壊れた時に、「1人の強力なバーニッシュ」を据えて代用とするこのエンジン。本来、据えられるのは誰だったのか。考えて欲しい。

 

【追記】 てっきり瓦礫の中から常備されてたポッドを取り出したのだと思っておりましたが、あれはデウスエクスガロデリオンのポッドでした。3回見てようやく気づく注意力。

でもあの代用にするという発想のスピード、「私より弱い力だが、十分役に立つ」「君は人類を救い神話になる。バーニッシュには過ぎた待遇だろう?」みたいなセリフがある以上、やっぱりそこに立つはずの誰かは想定内だったと私は……自分の幻覚を信じる……

クレイの胸のマークは、四角に閉じ込められた三角に十字架を突き立てたもの。クレイのいるタワーも十字。十字架の立った飛ぶ棺には、たくさんのバーニッシュの死体が眠っている。人類の救いの方舟は、バーニッシュにとっての棺なのだ。

そこには、クレイ・フォーサイトというバーニッシュの名も刻まれている。

【追記終わり】

 

クレイは、主人公じゃない。

主人公じゃないから、助けたい相手を助けられず、やりたいことは完遂できず、それどころか目の前により良い結果を突きつけられてしまう。自らの罪の証に、自らより劣ったものに、思いつきで。

クレイが人類を救うために払った努力、悩んでいた時間、そういうことは全てなかったことになる。

 

クレイが最後に「余計なことを」と笑った、あの安堵したような、肩の荷が下りたような声、忘れられないと思う。

そこに保身の気持ちはなかった。

ただ、悩みに悩んで時に悪辣を選んでまで行ってきた努力が無駄だったことに脱力しただけだった。

 

きっと、クレイは自分が切り捨てた者たちに、その行いの全てを糾弾されるだろうと思う。けど、自分だけは、あの本気で英雄になろうとしたクレイに拍手を送りたいと思った。

 

 

 

 

キングスマン:ザ・ゴールデンサークル

 

ドカ盛りローストビーフ丼の行列店がローストビーフとステーキのハーフ丼を売り出したので行きました。どっち派とかあるかも知んないけど肉丼はどうあがいても美味いので最高。

 

という感じでした。

怒涛のアクションとクールな皮肉でヘラヘラしてるうちに人がぽこじゃか死んでいく映画でした。結構大事なあの子とかあの人もあっさり死ぬのでたまげた。ここのところ、音楽と映像の間を解釈で埋めていくみたいな映画を立て続けに観ていたので普通に彼らの死に感動したり考えさせられたりしたかったんですけど、次の瞬間西部劇が始まっちゃうのでそれどころじゃなくなっちゃうんですよね。「あ、そういう映画じゃなかったわ」って観終わってから気づきました。クールなアクションギャグ漫画です。映画観るとすぐテーマがある前提で読み解こうとしちゃうのよくないですよね。よくなかったの!

途中大統領が「これで犯罪者が一掃され、世界は善人だけになる!」って言った時、「お前が法改正してもそうなるだろう」とかそういう、人がルールを守るんじゃないルールが人を守るんだ的な話かなとか思ったんですけど、それだと前作に対するアンチメッセージになっちゃいそうだしなぁ〜〜と思ったところでやめました。だって次の銃撃戦始まってるんだよ。いいからドンパチを見ろ!監督の考えた最高のウェポンを見てやれ!かぁ〜っこいい。

前作のベストシーンである「マナーの話」が主人公のエグジーくんの生い立ちと相まってストーリーのメインテーマになっていたので、今回もなんらかのテーマがあるのかな?って思っちゃったのもあったと思う。解釈したがり感受性強がりキモオタクなの。ごめんね。

 

評価は割れてるみたいです。ちょっとわかる。華麗にアクションをこなしてもスーツにシワひとつない紳士と、ちょっと荒っぽいけど仕事はキッチリこなすカウボーイ、どっちの女になればいいのかわからなかったもん。アピールタイムが交互にくるので見てるだけで忙しい。え〜〜どっちも素敵〜〜とか言ってると大事な人死んでるしなんなら映画が終わる。オイ!

なのでお腹いっぱいなんだけどなんだかどっちももう少し食べたかったかもなみたいな気持ちになるんですよね。これがハーフ丼の罠です。

監督たちは金稼いで今度はデカ盛りステーキ丼を作るつもりらしいんですけど、順番的にステーキ先お出ししたほうがよかったかもねと思います。両方好きだから迷うよ〜〜!って人のためにハーフ丼はあるのだ。

でもそうは言っても肉丼はどうあがいてもうまい。これはお腹いっぱいな消費者のワガママです。ので、ステーキ丼も公開されたら観に行きます。

 

 

 

 

おまけ  この文脈で言うと豚角煮丼みたいな立ち位置にジャッキーチェンがいると思うので、肉丼が好きならプロジェクトAも観てください。

 

 

おわり。

刀ss

 

一口に付喪神、刀剣男士と言っても、彼らにも様々なものがいる。見た目の幼いもの、年嵩なもの、体の大きいもの、小さいもの、気位の高いもの、気さくなもの。顕現させるにしたって、ひとの懐に常に控えていたその性質からか、短刀らはこちらの声によく応え姿を見せてくれるが、なかなか声も届かず、限られた供物や場所で呼んでようやく応えてくれるというものもいる。
呼ばれて素直にひとに力を貸してくれる刀たちは優しい方だ。神ぐらしが長いものにはあまり人の子の争いに興味がなかったり、争い自体を嫌ったりするものもいる。彼らも心を持ちこの日の本にいきづく命なのであるからして、それは仕方のないことである。
政府が審神者の務めを始めるにあたって、無条件で誰にでも力を貸すと言ってくれた刀が五振りいる。審神者は彼らの中から一振り選び、そこから本丸を築きあげるのだ。現在の付喪神システム構築にあたり、刀剣男士の神々に無条件での顕現をかしこみ奉った際、名乗りを上げた五振りはこう語った。

歴史を改竄しようなどというのは、美を重んじる自分からしたら雅ではない。花は散るから美しいのである。そんな無粋な輩は我こそが手討ちにしてくれよう。と。

自分は、自らの存在に負い目を持ちながらも、それを払拭せんと刃を研ぎすまし続けてきた。それこそが自分は自分であるという歴史の証明であるのに、誰かの都合で無に帰されてしまったらたまったものではない。と。

本物であるという誇りこそを携える自分にとって、この歴史を贋作にせんと企む輩は甚だ許しがたきものである。この誇りある限りそんな真似はさせない。と。

この身はもう折れて夢となってしまったけれども、主に愛され頼られたという事実は消えることはない。その歴史を変えようなどというのなら、いくらでも相手になってやろう。と。

人の子にとっての今も昔も、我が主の守ろうとした未来に他ならぬ。日の本の未来を考え死んでいった主の一番そばに居たというのに、なぜ未来の破壊を見逃せよう。と。

政府はこの五振りを便宜上初期刀と名付け、各本丸の要として迎え入れた。あちこちの本丸で多くの付喪神たちが召喚に応え、男士たちが増えていく中で、この歴史修正主義者との戦争が終結する最後まで活躍した刀もあったという。